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ローマ帝国を滅ぼしたのは何人か

26: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2013/11/06(水) 18:44:42.77 ID:JgdHAvTP0
162 中学の世界史のテストでローマ帝国を滅ぼしたのは 何人かというテストで、民族の名称を書くべきところに、
勉強してないほとんどの奴は3000人などと人数を書いていたが、
一番笑ったのは3人と書いた奴。
サイヤ人か。



ワロタw
先生が意図した答えは「ゲルマン人」だろうけど、
オドアケルってゲルマン人の中の部族でいうと何人だったっけw
ローマを武力で滅ぼしたわけじゃなくて、皇帝を廃位したわけだから少人数で合ってるかなw
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最近好きな人物 ユリアヌス 後編

前皇帝のコンスタンティウス2世の急死によって幸運にも帝国の最高権力者になったユリアヌスは、配下の軍団とともに帝都コンスタンティノープル(現在のトルコのイスタンブール)に乗り込む。

彼はガリアでの経験をもとに財政再建など、帝国を立て直すための諸改革を続けざまに実行した。
宮廷では無駄な奴隷や役人が多数雇用されていたので、彼は大量のリストラを断行する。

政務を執るユリアヌス
政務を執るユリアヌス

彼の数々の改革の中でも特筆すべきは、キリスト教への優遇措置を廃止したことである。
当時のローマ帝国では、信者数を急速に拡大して成長するキリスト教を、崩れゆく帝国を一つにまとめるために利用しようと優遇政策が行なわれていたのだ。

ユリアヌスの先代や、そのまた先代の皇帝たちはキリスト教を手厚く保護していたのだった。
彼はそれを白紙に戻す。キリスト教をその他の宗教と平等に扱おうとした。

ちなみにこの時期に彼は、それまでキリスト教徒たちから迫害されていたユダヤ教を支援したりもしている。
キリスト教のみが勢力を誇っていたので、その他の宗教を応援してバランスを取ろうとしたのだと思われる。

とても進歩的で素晴らしい政策ではあるのだが、それは非現実的な理想論に過ぎなかった。
帝国中のキリスト教徒の激しい敵意と憎悪が彼に向けられることになる。
当時のローマ帝国の中枢にはキリスト教徒の官僚も少なくなかった。

彼が建設中だった、ギリシャ神話の太陽神アポロンに捧げた神殿が何者かに放火され全焼してしまう事件もあった。
ユリアヌスは皇帝としての職務に励んだのだが、国内の反対派の嫌がらせや妨害にあって何もうまくいかなくなってしまった。


そこで彼は、帝国の東方の国境を脅かす強敵ペルシャとの戦いに勝つことによって事態の打開を図ったのだった。

ガリア時代から彼に忠実に付き従っていた古参兵とともにユリアヌスはペルシャへ進攻を開始した。各地でペルシャの大軍を散々に討ち破って、首都のクテシフォンへ順調に進撃を続ける。

寒冷なガリアで生まれ育った兵士たちは、全く環境の違う灼熱のペルシャの砂漠でもユリアヌスのために実によく働いた。

そうして首都クテシフォンを包囲したユリアヌスは、本国に兵力の増援を依頼したのだが…

何と、本国の反ユリアヌス派たちの妨害工作によって遠征軍への補給が滞ってしまう。
この事態にはさすがのユリアヌスも攻略目前のクテシフォンを諦め、包囲を解いての撤退を余儀なくされた。

この退却の混乱の最中、何者かが放った槍にユリアヌスは胸を貫かれ、あっけない最期を遂げる。
伝説では絶命する間際に「キリストよ、お前の勝ちだ」と叫んだともいわれている。

Saint_Mercurius_killing_Iulian.jpg
天使によって刺し貫かれるユリアヌス


享年32歳。早すぎる死だった。
先帝コンスタンティウス2世の病没により唯一の皇帝となってからは19ヶ月。

作家の塩野七生は言う。もしもユリアヌスの治世が19ヶ月ではなく、19年だったらと。

彼の生涯が我々に問いかける意味は何であろう?彼の生き様から我々は何を学ぶのだろう?


彼の死後、彼の政策だった「信仰の自由」は無かったことにされ、再びキリスト教が覇権を握る。

光り輝く古代は過去のものとなり、暗黒の中世がゆっくりと近づきつつある時代の話である。

―ガリラヤ人よ、汝は勝てり―


参考資料

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

塩野七生著『キリストの勝利』ローマ人の物語ⅩⅣ


クリス・スカー著『ローマ皇帝歴代誌』




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最近好きな人物 ユリアヌス 前編

フラウィウス・クラウディウス・ユリアヌス(331年~363年)

ローマ帝国の皇帝。
キリスト教への優遇政策を撤廃し、古来からの多神教を復興しようとしたために、後世のキリスト教徒たちからは「背教者」と呼ばれる。

Julian_convert_20091210225343.jpg

ユリアヌスは皇族としてこの世に生を受けた。
彼がまだ幼い頃に当時の皇帝コンスタンティウス2世によって父を殺された。
皇帝の地位を脅かすライバルになると疑われたためだ。ユリアヌスと彼の兄のガルスはまだ幼かったので命だけは奪われずに済んだ。けれども以後は軟禁生活を余儀なくされた。

父の悲惨な死とその後の苦しい監禁生活の影響で兄ガルスは臆病で残忍な性格になってしまったと言われるが、弟のユリアヌスは古代ギリシャの神話や哲学に親しみつつ健全な成長を遂げた。


二人の兄弟に転機が訪れる。
帝国の宮廷はギリシャのコンスタンティノープル(現在のトルコのイスタンブール)にあったのだが、
帝国の西方(フランス)で反乱が起きたのだ。

Roman_Empire_Map_convert_20091210225130.png



皇帝コンスタンティウス2世は反乱鎮圧のために西方へ赴くにあたって、ユリアヌスの兄ガルスをNo.2である副帝(ラテン語でカエサルと呼ぶ)に任命し、留守を任せた。
皇帝はライバルになりそうな親戚をぶっ殺しまくっていたので他に適任者がいなかったのだ。
兄の副帝就任に伴ってユリアヌスも軟禁を解かれた。

しかし無事に西方の反乱を鎮圧した皇帝コンスタンティウス2世は、副帝の存在が邪魔になってしまう。
皇帝は副帝ガルスを無実の罪で逮捕し、拷問の末に処刑してしまった。

だがまたまた状況は急変する。
帝国の東方ではペルシャとの間に戦争の危機が高まっており、西方ではゲルマン民族という野蛮人が激しい侵入を繰り返していた。

こうなったら選択の余地はない。皇帝コンスタンティウス2世は、次はユリアヌスを副帝に任命してわずかな兵力と共に西方のガリア地方(現在のフランス)へ派遣した。
ユリアヌスが24歳の時だった。

副帝という帝国統治のパートナーに選ぶことができる人間は、もうユリアヌス一人しかいなかったのだ。
この皇帝は低脳なのか、先のことを考えるのが少し苦手だったようだ。

ユリアヌスはイヤだったろうなぁ。自分も用済みになったら兄のように殺されることは目に見えてる。

しかし、わずかな兵士とともに捨て駒同然でガリアへ派遣されたユリアヌスだったが、彼は全力で任務を遂行した。
圧倒的に不利な状況にも関わらず蛮族を果敢に撃退し、また内政面でも減税による経済活動の活性化や公正な徴税の実現や行政官の不正取り締まりなどの統治で、ガリアの地に平穏を取り戻す。
良い参謀にも恵まれ、いくたびもの戦いを通じて部下達との強い信頼関係も築いた。

幼い頃から読書ぐらいしかできなかった青年がなぜこうも活躍したのだろうか。想像の域を出ないが私は思う。強い責任感が、彼を内向的な人間から立派なリーダーに変えたと。

5年の月日が流れた。
着実に職務をこなすユリアヌスのもとへ、皇帝からまたしても理不尽な命令が届く。
「ペルシャとの戦争に使いたいので、ユリアヌス配下の兵士の中から選りすぐりの精鋭を東方へ送れ」と。

これには当の兵士たちが猛反発した。

「東方には行きたくない」

「ユリアヌスのもとを離れたくない」

「そうだ!ユリアヌスが皇帝になればいい」

興奮した兵士達は嫌がるユリアヌスを盾に乗せて
「ユリアヌス=アウグストゥス!」と歓呼した。
アウグストゥスとは正帝という意味のラテン語で、盾に乗せるのはゲルマン民族が王を選出する時の儀式だ。(当時のローマ軍にはゲルマン民族出身者も相当数居た)

さらに帝国最強といわれるドナウ河防衛軍もユリアヌス支持を表明する。

これらの一連の事件に皇帝コンスタンティウス2世は激怒し、自ら軍を率いてユリアヌス征伐に乗り出した。

ユリアヌスは皇帝との決戦に備えながらも、皇帝に対して「あれは不可抗力だった。あなたに逆らうつもりはない」と釈明の手紙を出し続けた。
コンスタンティウス2世とその軍団は、そんなユリアヌスの嘆願など無視して行軍を続ける。
もはや衝突は避けられそうになかった。

しかしなんと、決戦直前になってコンスタンティウス2世は病によって急死した。45歳だった。
彼は死の間際に「ユリアヌスを後継者と指名する」と遺言した。


こうやってユリアヌは数奇な運命に翻弄されながらも、名実ともに皇帝に就任したのだった。



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